『ええー!? パパかえってこられないの!?』
『こら、ももちゃん、パパを困らせちゃだめよ』
『だってだってだってー! もーパパのケーキ食べちゃうからね!』
今日は俺の誕生日だ。家では家族がそれを祝ってパーティーの準備をしてくれている。
だが、当の俺はというと、担当していた連続人体炭化事件が進み、泊まり込みになってしまっていた。
その旨を連絡すべく職場ベランダにて妻のスマートフォンに電話をかける。寒空の下、吐く息がふわりと白く漂う。上着を持ってくればよかったと若干後悔しながらコール音を静かに聞いていた。
電話に嬉しそうに出た娘は、速やかにフェイスタイム通話をプッシュ。華やかに飾られたリビングの様子を笑顔で映してくれていたのだが、俺の一言で一瞬にしてムスッと不貞腐れた表情に変わってしまった。
「すまない。担当事件が進んで帰れなくなってしまったんだ」
『またそれー!?』
『ももちゃん』
『わかってる!!』
どう見てもショックを受けている様子に、こちらも胸が痛む。
「明日には帰るから」
『そう言ってかえってこれたこと、あんまないじゃん』
『ももちゃん』
遠くから妻が娘を宥めるかのように子の名前を呼ぶ声が届く。
『だって、今日はパパの誕生日なのに』
「そうだな」
『がんばって用意したのに……』
「ああ、見えたよ。ありがとう、一生懸命やってくれたんだな。すごく嬉しい。今すぐ帰れなくてとても残念で父さんも辛い」
『……本当に明日かえってくる?』
「ああ。約束だ」
画面に映っているのはパーティの準備が施された室内だけで、娘の顔は全く分からない。
けれども、頭の中にはその顔がありありと映り込む。
泣き虫な娘の事だ、きっと半分べそをかいているに違いない。
『……わかった。でも、ケーキは食べちゃうからね』
「ああ、構わない。父さんの分までしっかり食べてくれ」
『うん……』
やがて画面が動き、妻の顔が写り込む。
やや苦笑交じりの笑みを浮かべながらも真っ直ぐこちらを見据える。
『お疲れさまね。あらやだ、今外なの? 上着も着ないでなんて、らしくない』
「実は少し寒い」
『もう、早く中に入ってくださいな。風邪なんてひいたら許しませんよ』
「わかってる。いつもすまないな」
『それを言うなら』
「ありがとう」
『ふふ、分ればよろしい。こっちは大丈夫だから、安心してお勤めください』
「ああ。明日朝にまた連絡する」
『分ったわ。ほら、ももちゃん、パパにお休みして』
『おやすみなさーい』
「おやすみ」
通話が終わり、画面が暗くなったスマートフォンをポケットにしまって、何となく空を見上げる。
明るい月がこちらを見下ろし、澄んだ空にふわっと風が吹いた。瞬間、背筋をゾクッと怖気が走って急いで中に入ろうと振り返ったとき、俺の上着を手に立っている立花と目が合った。
「寒そうにしていると思ってお持ちしました。でももう不要だったみたいですね」
「いや、ありがとう。業務に付き合わせてすまないな」
「いえ、皆でやればすぐ済みますし、少しでも早く終わらせて朝一で帰りましょう」
「ああ」
上着を受け取り事務室内に戻る。
仲間たちが皆、俺のために残ってくれていた。
気遣いに温まる胸を抱えて、俺は足早にミーティングテーブルへと向かった。
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